serendip logo

書籍

発刊 2022.08

PUBLIC DIGITAL(パブリック・デジタル)

巨大な官僚制組織をシンプルで機敏なデジタル組織に変えるには

  • アンドリュー・グリーンウェイ/ベン・テレット/マイク・ブラッケン/トム・ルースモア

  • |

  • 岩嵜 博論 監訳 川﨑 千歳 訳

  • |

  • 英治出版

  • |

  • 328p

  • |

  • 2,640円(税込)

政治

経営

情報通信

book image

目次


1.試練のとき 2.なぜ変革が必要なのか 3.始める前に 4.出発点を決める 5.最初のチーム 6.地固め 7.信用を築く 8.議論を制する 9.従来のやり方に立ち返る 10.数字を把握する 11.画一化ではなく一貫性を 12.基準を設定する 13.リーダーを見つける 14.次の展開 15.バトンタッチを成功させる


日本では2021年9月にデジタル庁が発足し、2022年8月に就任した河野太郎デジタル大臣のもと、本格的な政府のDX(デジタルトランスフォーメーション)に、多くの国民から期待が寄せられている。 政府のDXについては諸外国に事例があり、中でも模範とされているのが、2011年から取り組みが始まった英国である。 本書では、英国政府のDXを担う特命チームGDS(Government Digital Service)の中心人物らが、政府や、歴史ある大企業などの旧来型大組織を「デジタル組織」に変えるために必要な心構えや方法論について、体験をもとに詳細かつ具体的に語っている。 GDSは、キャメロン政権で内閣府担当大臣だったフランシス・モード氏らの提案により、2011年に民間のIT人材を招き入れるかたちで設置された。それから4年の活動で、政府のIT支出を大幅に削減、公共サービスの入り口となるウェブサイト「GOV.UK」の開発など数々の成果を上げ、国連の電子政府ランキングにて英国を第1位に押し上げた。 著者の4人はいずれもGDSのメンバーとして活躍し、現在は、DXに取り組む大規模な国際組織、政府、経営陣の支援を行うPublic Digital社のパートナー。2020年に同社は、博報堂DYホールディングスの戦略組織「kyu」グループに参入した。


英国政府という「古くて大きい」組織のDXに成功したGDS

 デジタル革命を迫られたとき、大組織で働く多くの人々は、どうせまた複雑さが増すだけだろうと反射的に思う。だが、DXが成功すれば、よりシンプルでより優れたプロダクトやサービスをより安く提供できるようになるばかりか、オンライン時代のなかで組織全体を効果的に運営できるようになる。  DXに最も苦労するのは、古くて、大きくて、臆病で、防衛的で、壊れた技術を抱え込み、自分たちにとってインターネット時代が意味することを知ろうとしない組織だ。そうした組織は利用者──顧客、国民、従業員、株主、納税者──を失望させる。  DXのほとんどは単純で明白だ。だが、これは簡単という意味ではない。あるべき姿にするには、組織の基盤──行動を促す外的刺激や職務遂行上の暗黙のルール──にまで踏み込む必要がある。つまり、単にウェブサイトを構築すればよい、というような生やさしい話ではないのだ。  2011年、英国は公共サービスのDXを担う政府デジタル・サービス(GDS:Government Digital Service)と呼ばれる小さなチームを政府の中枢に設置した。  当時、英国政府がITに費やしていた金額は少なくとも年間160億ポンド。その5分の4が、わずか18の大手事業者に支払われていた。中央政府の各部門が管理していたウェブサイトは2,000を超え、どのサイトでも共通して使われている一貫性のあるデザイン要素というものは1つもなかった。政府の用事をオンラインで済ませようとする人はほとんどいなかったが、それはお粗末なデザインと難解な専門用語のせいだった。  そして英国は国連の電子政府ランキングで10位。最悪とまではいえないが、ウェブの生みの親であるティム・バーナーズ=リー卿を国民の1人に数える国としては、とても誇れる順位ではなかった。  GDSの設置から4年後、英国政府はIT支出を40億ポンド以上削減したと発表した。デジタルに関する専門知識や技術を供給できる市場が新たに開設され、1,200を超える中小企業(半数は新規参入)が政府にサービスを提供できるようになった。  ただ1つのウェブサイト「GOV.UK」が、オンラインで公共サービスを利用するすべての国民と企業の入り口となり、何百もあった古い政府系ウェブサイトは閉鎖された。自動車税の納付や有権者登録など、新たにデジタル化されたサービスのデジタル版が利用される割合は90%を超えた。  新しいウェブサイトのフォントやデザインが評価され、政府は国内の民間団体から賞を授与された。オープン・データが公開された行政サービスは約800で、そこで処理される取引は年間30億件以上になる。英国は国連の電子政府ランキングで1位を獲得した。  DXを本当の意味で採り入れたGDSや他の政府機関の事例を見ると、変革の利点がよくわかる。DXで支出を節減できる。市場の硬直が緩和され、新たな市場が生まれる。だが、こうしたもののどれよりもはるかに重要なのが、国民、企業、利用者にとって物事がよりシンプルになり、より安く、よりスピーディーになることだ。  DXは政府にとって、国民と国家との関係を改善する手段だ。真の成果は、国家のエフィカシー(しかるべき結果を生み出す能力)が大幅に向上すること、そしてその結果として民主主義への関心が高まることだ。

具体的で現実的だが「政府の普通」とは異なる目標からスタート

 変革を成し遂げたいのなら、できれば具体的に期限を区切って、実現するつもりの明確な目標を1つ設定することが必須となる。英国の場合、それは新しいウェブサイトのGOV.UKだった。  (*GDSの)最終的な目標は、何十億ポンドも節約し、公共サービスを改善し、政府を変革することかもしれない。とはいえ、最初の目標はなるべく小さく、具体的かつ現実的で、リスクの小さいものがよい。そして、「政府の普通」とは著しく異なるものにこだわるべきだ。出だしはどんなに小さくても構わない。大切なのは気運を高めることだ。  最初の目標は、政府の内外を問わずさまざまな政治的利害関係者から支持されるものでもあるべきだ。政争の具を選ぶのは危険だ。1つの政党だけが称賛や非難の対象になるような目標を設定してしまうと、じっくり時間をかけてDXを成功させようにも、政権が変わって先の見通しが立たなくなる可能性がある。

これまでの「政府の行動規範」とはまったく異なる「デザイン10原則」

 ところで、GDSが最初に公表したものの1つにデザイン10原則がある。 1.ユーザーのニーズを出発点にする。 2.やることを減らす。 3.データに基づいてデザインする。 4.シンプルにすることに尽力する。 5.試行錯誤を繰り返す。 6.誰にでも使えるものにする。 7.ユーザーの置かれている状況を把握する。 8.ウェブサイトではなくデジタル・サービスを構築する。 9.画一化するのではなく一貫性のあるものにする。 10.仕事の内容をオープンにする。そうすれば、もっといいものができる。  デザイン原則を書いたのは「上層部」ではない。実際にデザインをする大勢の人が他のさまざまな分野の専門家と一緒に仕事をする、そんなチームによって書かれたのである。  チームが最高の仕事をやり遂げられたのはこの原則のおかげだ。以来、この原則は世界銀行に認められ、世界中の国と企業で手本とされている。オープンソース運動の推進者であるティム・オライリーはこれを評して、「80年代のアップルのもの以降で最も重要なユーザー・インターフェイス・ガイダンスだ」と語った。  「デザイン」という言葉を選ぶことがGDSにとっては重要だった。サービスをデザインするということを、英国政府は長い間能動的に行ってこなかった。サービスのデザインは外部に委託してやってもらう受動的行為になっていた。GDSができるまでの15年ほどの間、英国の公務員は「委託」や「入札」といった業務寄りの立場で自分たちの役割を捉える傾向があった。  この考え方は頭では納得できるし、必ずしも間違ってはいない。外部委託がうまくいくこともあるからだ。とはいえ、政府の場合は理論どおりに事が運ばない場合が時々ある。  2012年のロンドン・オリンピックでは、警備を担当した世界最大級の民間警備会社G4Sが計画どおりに人員を揃えられず、開会2週間前になって急遽3,500人の軍人が動員されるという大騒動があった。企業が契約に従って責任を負うかどうかは問題ではない。最終的な責任は大臣が負うのだ。  デザイン主導としているGDSの原則は、公務員の役割について述べたものでもある。つまり、DXには、デリバリー(*サービスの提供)に対する権限と責任のいくらかを組織に取り戻すという意味があったのだ。  また、このデザイン原則の作成には、綱渡りをするような絶妙なバランス感覚が求められた。急進的すぎれば実現不可能な理想だと却下されてしまう。安全すぎれば、気づいたときには自分たちよりはるかに大きくて年季の入った組織の引力に負けていたということになりかねない。GDSは、オープン・インターネットの原則とともに成長してきた組織が普通にやっている行動習慣を10原則に選んだ。政府が標準としている行動習慣ではない。  GDSはアナログな組織をデジタルな組織に変貌させようとする政府などの手本となった。だからといってGDSが完璧だったわけではない。一政府機関としてのGDSそのものはまだベータ版と言ってもよい。つまり、巨大な組織を変革する方法を探るための当座のプロトタイプであり、変革を進めるなかで学習し、改良が加えられていったということだ。すべてがうまく行ったわけではない。だが、英国のチームがやったことを見れば、他の政府や大組織は同じ過ちを犯さなくて済むはずだ。 ※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの

コメント

世界中の公共部門のリーダーが集うGlobal Government Forumのウェブサイトに、2018年に掲載された記事“The rise and fall of GDS: lessons for digital government”では、本書の著者の一人マイク・ブラッケン氏がインタビューに応え、GDSは成功したものの、その後英国のデジタル改革が停滞していることを指摘している。「GOV.UK」の優れたユーザーインターフェイスにより利便性が格段に増したのは事実だが、共通化、プラットフォーム化に対する各省の反発が根強く、古いシステムが残ったままなのだという。本書では、こうした意見があったことにも触れており、その後、首脳陣の交代に成功し、4年間で数々の成果を上げ、他国の模範になり続けていると述べている。伝統的な官僚主義的組織を一気に変革するのは難しく、常に新しい人材やアイデアを投入して変革の手綱をゆるめてはいけないのだろう。その意味で、DXを一過性のイベントと捉えずに、本文にあるように、時代やその時々の世情や事件などに合わせて学習、改良を繰り返していく継続的な取り組みと、あらためて認識すべきなのかもしれない。

>> トップページへ戻る

serendip logo
johokojo logo