書籍
発刊 2022.12
新キャピタリズム時代の企業と金融資本市場『変革』
「サステナビリティ」と「インパクト」への途
加藤 晃/野村資本市場研究所サステナブルファイナンス3.0研究会 編 著
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一般社団法人 金融財政事情研究会(きんざい)
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384p
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3,520円(税込)
経済
金融
経営
目次
解題 コーポレートガバナンス改革から企業・金融資本市場の「新しい地平」へ 1.サステナブルファイナンス時代の到来と企業価値評価 2.サステナブルファイナンスの歴史的変遷と今後 3.株主主権下のサステナブル経営 補論 米国のベネフィット・コーポレーション 4.「新SDGs」と「パーパス:志本主義」経営 5.サステナブル経営時代の役員報酬 6.ESGの「見えざる価値」を企業価値につなげる 補論 持続可能な社会の一助となりうるインパクト加重会計 7.機関投資家の責任投資と環境、社会課題への取組み 補論1 ESG評価にみる国内企業のESGへの取組みの現状と課題 補論2 情報提供者からみた開示拡充への「期待」と「懸念」 8.人的資本の報告に対する関心の高まりと課題 補論 従業員のファイナンシャル・ウェルネス向上 9.サステナビリティ情報開示と保証 10.資本主義の非物質化、脱炭素化と経済成長 11.インパクト投資:社会・環境課題解決型資金の流れ 12.企業と株主・投資家との新しい関係を探る
金融分野におけるサステナビリティへの取り組みである「サステナブルファイナンス」に注目が集まっているが、ESG(環境・社会・ガバナンス)とどう向き合うか、多くの企業が頭を悩ませているのではないだろうか。 直接的、短期的には利益に結びつかないESGの取り組みと収益事業のバランスをどう取るべきか。 本書では、サステナブルファイナンスをはじめとする「新しい資本主義」の動きと、その多岐にわたる論点を、22人の専門家が考察。2021年9月~2022年3月まで計7回開催された「サステナブルファイナンス3.0研究会」での議論と報告をベースとしている。 サステナブルファイナンスという言葉は、ディアーク・シューメイカー、ウィアラム・シュローモーダ著『サステナブルファイナンス原論』(きんざい)に登場する。伝統的な財務価値と、環境・社会へのインパクトに対する企業のスタンスから、サステナブルファイナンスは1.0→2.0→3.0へと移行するという。 編著者の加藤晃氏は、東京理科大学大学院経営学研究科技術経営専攻教授。ダイジェスト前半の筆者、北川哲雄氏は、青山学院大学名誉教授・東京都立大学特任教授。後半の筆者、柳良平氏はエーザイシニアアドバイザー、アビームコンサルティングエグゼクティブアドバイザー、早稲田大学大学院会計研究科客員教授を務める。
事業価値創造とサステナブル活動は「同心円」であるべき
サステナブルファイナンスとは何かをわかりやすく説明しているのは、Schoenmakerの示した「サステナブルファイナンスの類型化」ではないかと思われる。 (*4つの類型のうち)Finance-as-usualとは(*社会へのインパクトや環境へのインパクトを考慮に入れず)財務価値の最大化を目指すものであり、投資時間軸は「短期」と規定している。 Sustainable Finance 1.0は一応、社会へのインパクトと環境へのインパクトを考慮するも主眼は財務価値の最大化を優先するという考え方であり、投資時間軸は「短期」と規定している。このレベルではESG投資手法としてExclusion(除外)が中心となる。たとえば「環境」や「人権」等の社会的諸問題に対して一定の水準以下の活動を行っている企業は投資対象リストから外されるという事態が想定される。 Sustainable Finance 2.0はステークホルダー全体の価値を最大化する段階であり、時間軸は「中期」となる。2.0はESG要素を意思決定に組み込み統合価値を模索する段階である。 そしてSustainable Finance 3.0に至ると財務的価値を視野に入れながらも社会・環境へのインパクトをより優先する、すなわちCommon Good Value(社会善)をもたらすことを優先する投資手法ということになる。いわゆるグリーンボンドやソーシャルボンドなどの金融商品は3.0となる。 サステナブルファイナンスにおける論議で留意すべきこととして、1.0→2.0→3.0が「あるべき姿として」とらえるのは間違っており、少なくとも2.0と3.0はこれからも併走していくと考えるべきと筆者はみている。 現在の資本市場を一言でいえば、サステナビリティの問題が企業経営に大きな影響を与え、投資家やアセット・オーナーもESG投資の隆盛に伴って評価体制を整え対処している。企業にとってステークホルダーから指摘されるサステナビリティ課題の多くは外部性の取込み(環境規制への対処などはそうである)であるとともに、自社の価値創造に関係する課題にもなりうる。 昨今、企業パーパスを経営者(CEO)が設定する際にサステナビリティ課題への対処につきどのようなスタンスをとるかが重要となる。企業によってはパーパスの設定につきコンサルタントにも調査を依頼し、多大なエネルギーとコストを使っているところもあるようだ。 筆者自身はきわめてシンプルに考えている。そのロジックは次のようにきわめて単純であるべきである。 (1)どのような事業会社も業種を問わず社会的意義のある事業を営んでいる(はずである)。 (2)本業である事業の価値を発展させることは昔もいまも、これからも最重要事項である。 (3)一方で外部性の問題にも敏感に反応しなければならない。その場合種々の規制動向を先取りするという気構えが必要である。これに対処するためのインハウス・スペシャリストが社内にいるべきである。 (4)種々の規制のなかには無論、事業価値に多大な関係をもつ(本業の発展につながる)ものも多い。 (5)したがって、本業を懸命にこなすことによって社会価値につながるというストーリーを描けるか否かが重要である。 一言でいえば、以下の4)にあるように本業による事業価値創造(ファンダメンタルズ価値の増大)とサステナビリティ活動が同心円化していることが望ましいということである。 A=ファンダメンタルズ価値、B=サステナビリティ活動 1)Not only A but also a bit of B(CSR時代?) 2)Not only B but also a bit of A(低PBRかつ高ESG企業) 3)Both A and B(八方美人経営?) 4)A and B are almost in Concentric Circles(同心円) わが国においては2)と3)の企業がまだまだ多いような気がする。さすがに1)の企業は少数となりつつある。各事業会社はすべからく同心円化を目指すべきである。
企業理念で社会的価値と経済的価値の両立を宣言するエーザイ
(*2022年6月まで筆者の柳良平氏が専務執行役CFOを務めた)エーザイは製薬会社なので、企業理念は「患者様第一主義」である。「本会社の使命は、患者様満足の増大であり、その結果として売上げ・利益がもたらされ、この使命と結果の順序を重要と考える」と言い切っている。すなわち、社会的価値と経済的価値は両立すると宣言したものである。使命はあくまで患者様の命や健康を守ることで、その結果として、5年後、10年後に企業価値、利益が生まれるということである。 エーザイは2005年の株主総会の特別決議で、世界で初めて、この企業理念を定款に盛り込んで「株主と共有」した。したがって、株主から「今期の研究開発費や人件費を大幅に切って、EPS(1株当たり利益)、ROE(自己資本利益率)、配当を倍にしろ」といわれたら、「それでは長期的な企業価値を破壊するし、そもそもいっていることはパーパスに反する定款違反だから実行できない」と回答することができる。現実にそのような場面も経験した。 研究開発費や人件費などに現在投資をして、よい薬をつくって、アルツハイマー、がん、不治の病から人々を救う努力をし、それによって多くの患者様やその家族に貢献できれば、5年後、10年後の利益や売上げやROEは事後的に上昇する。それによって長期投資家は報われる。したがって、CFOとして、たとえば、単年度のROEは必ずしも最重視しなくてもよく、10年平均が意味をもつ。 エーザイは、10年間の移動平均でおおむねROE10%レベルを達成している。2020年度のROEは8%を下回るが、それはアルツハイマーの新薬開発に向けて人件費や研究開発費を積極的に投入した結果であり、企業理念、定款に従った行動である。 そしてパーパスの社員への浸透が重要である。エーザイでは、この企業理念の研修を世界で約1万人の全従業員に義務づけている。患者様と一緒に時間を過ごし、患者様と喜怒哀楽をともにして企業価値をつくっていくというパーパスを非常に重視していることを、日本人だけではなく米国人、英国人、製造・営業部門だけではなく管理部門の従業員にも理解してもらう。 参考までに、この企業理念を具現化するプロジェクトの1つとして、エーザイでは「顧みられない熱帯病」の1つであるリンパ系フィラリア症治療薬(DEC錠)を新興国の患者へ世界保健機関(WHO)とタイアップして2020年度までに20億錠以上を無償供与している。さらにエーザイでは期限を延長して、この「顧みられない熱帯病」を完全制圧するまで無償で提供し続ける予定である。 CFOとしては、この医薬品アクセスの社会貢献は、寄附ではなく、あるいは単純な企業の社会的責任(CSR)だけにとどまらず、投資家・株主にも受け入れられる「超長期投資」の側面もあると考える。すなわち、社会的価値と経済的価値の両立である。エーザイでは、そのインプット、アウトプット、そしてアウトカムを2021年統合報告書で説明している。 これは、ESGの「S」(社会貢献)による価値創造である。当初は赤字プロジェクトとして短期的な利益やROEにはマイナス要因であるが、超長期では新興国ビジネスにおけるブランド価値、インド工場の稼働率上昇(+先進国からの生産シフト効果)による生産性向上や従業員のスキルやモチベーション改善などを通してNPV(正味現在価値)がプラスになることが実際に試算できている。 ※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの
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エーザイは2023年1月に、米バイオジェンと共同開発したアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」の(条件付き)迅速承認を、FDA(米国食品医薬品局)から取得した。その際、レカネマブの年間薬剤費が約350万円に設定されたが、内藤晴夫CEOは記者会見で「単なる医学的価値ではなく社会的な価値を含めて、医薬品の価値が評価されるべきだと考えた」と説明している。患者家族による介護や、長期にわたる医療サポートなどの社会的インパクトを考慮すれば、決して高額ではないということだろう。この事例からも、同社がパーパスに基づき、しっかりと社会的価値と経済的価値を数値で判断していることがわかる。
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