書籍
発刊 2022.02
入門オルタナティブデータ
経済の今を読み解く
渡辺 努/辻中 仁士 編 著
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日本評論社
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272p
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1,980円(税込)
社会
経済
健康医学
目次
1.「オルタナティブデータ」とは何か? 2.データ・ビジネスの最前線 3.政策現場におけるオルタナティブデータの可能性 4.オルタナティブデータを用いた経済活動分析 5.オルタナティブデータ活用に向けた政府の取り組み 6.オルタナティブデータと政府統計のこれから 7.オルタナティブデータが捉える現象とその使い方 8.新型コロナウイルス感染症は消費行動に何をもたらしたか? 9.スマホ位置情報で捉える行動変容のカギ 10.クレジットカードデータで捉えるオンライン消費の動向 11.From To指数を用いた人流に関わる消費動向分析
複雑で変化の激しい現代社会では、現状把握や将来予測のための「データ」がきわめて重要になっている。 ところがGDPをはじめとする経済統計や財務情報は、集計などに時間がかかることからタイムラグが生じ、コロナ禍のような刻一刻と状況が変わる危機への対応には使えない。「別のデータ」が必要になる。 本書では、「オルタナティブデータ」と呼ばれる、従来、経済分析や予測、投資判断などに用いられてきたもの“以外”のデータに焦点を当て、その性質や有効性、課題などを、具体的な活用事例を紹介しながら解説。 オルタナティブデータとは、スーパーやコンビニなどのレジで収集されるPOS(販売時点情報管理)データ、クレジットカードデータ、位置情報、衛星画像など、リアルタイムで収集・蓄積・集計されるデータを指し、これを代替的な経済統計データとして用いることで、速報性や、幅広く詳細な分析根拠が得られる網羅性のメリットがあるという。 編著者の渡辺努氏は、オルタナティブデータを活用したデータ・ビジネスを展開する株式会社ナウキャスト創業者・技術顧問で東京大学大学院経済学研究科教授。辻中仁士氏は、株式会社ナウキャスト代表取締役CEO。
速報性に優れた「オルタナティブデータ」
オルタナティブデータ(Alternative Data)とは、「代替データ」「高頻度データ」などとも呼ばれるが、現時点ではその呼称は流動的であり、明確な定義も定まっていない。しかし、一般的には主に金融領域で、財務情報や経済統計のように伝統的に使われてきたデータ(Traditional Data)に対して、POS(販売時点情報管理)データ、クレジットカードデータ、位置情報、衛星画像など、「これまで利活用されてこなかった代替的なデータのこと」とされている。 たとえば、経済統計で最も幅広く活用されているGDP統計は四半期に一回の発表で、各四半期末から1カ月半のタイムラグをもって公表されるため、必ずしも速報性に優れているとは言えない。また、行政でも議論されている通り、情報収集の過程で調査対象に偏り(サンプルバイアス)が生じる問題や、EC(電子商取引)のような新興業態を十分に取り込めず、網羅性に疑義があるという指摘がある。 従来の経済統計(*Traditional Data)は、 (1)調査用紙を郵送し、調査対象者が回答して返送するという「情報収集業務」 (2)収集された情報を統計情報として集計する「集計業務」 (3)集計した統計情報を公表する「公表業務」 といったプロセスを踏む必要があり、半ば不可避的に調査時点から公表時点までのタイムラグを生んでいる。 それに対してオルタナティブデータは、「そもそも自動的に情報が収集されている業務システム内のデータを経済分析にも活用しよう」という流れで活用されるため、プロセス(1)「情報収集業務」が原理的に発生しない。また、すでに業務システム内に蓄積されているデータであれば、そこからリアルタイムにデータを集計し、分析できる状態にまで持っていくシステムを構築することで、(2)「集計業務」、(3)「公表業務」をほぼタイムラグなしで実現することができる。
網羅的に詳細なデータが得られる消費統計「JCB消費NOW」
わが国では、サービス業関係の消費統計では「特定サービス産業動態統計調査」(経済産業省)、あるいは「サービス産業動向調査」(総務省統計局)などが代表的だが、幅広い消費現場で活用されるクレジットカードの取引データは、代替的な指標作成のインプットとして有用だ。 クレジットカードデータは、「何(What)を買ったか」はわからないが、「どこで(Where)、誰が(Who)購入したのか」という情報がわかる。さらにPOSデータのように、スーパーやドラッグストアのような小売業種に限定されず、ECや映画館、遊園地などのデジタル、サービス業種も含めた幅広い消費活動を捉えることが可能であるため、消費統計を開発するには最適なオルタナティブデータだと言える。 こうした観点から、筆者(*辻中仁士氏)が代表を務める株式会社ナウキャストは株式会社ジェーシービーと提携し、クレジットカードデータを活用した新しい消費統計「JCB消費NOW」を開発、提供している。足元では、新型コロナショックによって大きな打撃を被る消費活動について、サービス業種を中心として実態を捉えられる数少ない消費統計として幅広く活用されている。
コロナ禍で急増したオンライン消費は「元に戻らない」のか?
新型コロナの感染拡大に伴い、人々の消費スタイルが大きく変化している。「JCB消費NOW」でみると、サービス消費では、映画や劇場での消費が大幅に減少する一方、コンテンツ配信は増えている。モノ消費についても、ネット経由での購買、いわゆるEコマースが大幅な伸びを示している。 問題はコロナの収束後である。コロナ後はコロナ前とは異なる世界になるとの見方が少なくない。個人消費についてもいったんシフトした需要は元には戻らないとの声が聞かれる。そこで、コロナに伴う需要シフトのうち「オンライン消費」に注目し、需要シフトが非可逆的か否かを考えた。 非可逆的か否かを知るためには、需要シフトの有無や大きさを見るだけでは不十分であり、それがどのようなメカニズムで起きているかを知る必要がある。そこで「JCB消費NOW」のデータを用いることによって、どういうタイプの需要シフトが起きているのかを調べ、それをふまえて需要シフトの原因と非可逆的か否かを考察した。 オンライン消費へのシフトが非可逆的になる理由としては、次の二つが考えられる。第一の理由は、オンライン移行にかかる初期費用である。オンライン消費未経験の消費者が初期費用を払ってオンラインデビューしたということであれば、初期費用の回収の意味でも、オンライン消費を続けるであろう。 第二の理由としては、個人情報の漏洩や、購入者が商品やサービスの質を購入前に直接確認できないなど、オンライン消費について消費者がこれまで持っていた懸念が、実際に経験する中で払拭されたということが考えられる。コロナ前に持っていた認識が改められるとすれば、コロナ収束後もオンライン消費を継続するだろう。 ここで強調したいのは、前述の二つの理由はいずれも、「コロナ前にオンライン消費未経験で、コロナを機にオンラインデビューした消費者にのみ当てはまる」という点だ。これに対して、コロナ前からオンライン消費を経験していた消費者は、初期費用や認識のアップデートとは無縁なので、感染期間中にオンライン消費を増やしたとしても、コロナ収束で感染リスクがなくなれば元の水準に戻すだろう。 この点に注目して、オンライン消費の増分について次の二つを区別して考えた。 (1)オンライン消費未経験の消費者が新規参入したことに起因する部分 (2)コロナ前からオンライン消費に馴染みがあり、消費全体の一定割合をオンラインで購入していた消費者が、コロナを機にオンライン消費の割合を引き上げたことに起因する部分 そのうえで、(1)の部分が支配的であるか否かを確かめるという分析を行った。 「JCB消費NOW」はJCBの会員の中からアクティブな会員100万人をランダムに抽出したサンプルを用いて算出されており(本分析当時。現在は1000万人)、個人の特定が不可能とする加工が施されている。この100万人の購買履歴データを用い、各消費者について、ある月の購買履歴の一つひとつを、オンライン消費とオフライン消費に振り分けた。 このデータを用いて、コロナ前の月についてオンライン消費とオフライン消費の振り分け、各消費者のオンライン消費の経験の有無を定義。また、コロナ後の月についても振り分け、オンライン未経験だったある消費者がコロナを機にオンラインを開始したかどうかを確認した。さらに、ある月にオンライン消費の履歴のある消費者については、その個人の全消費に占めるオンライン消費のシェアを算出した。 今回の分析からは、以下のような知見が得られた。第一に、コロナ期におけるオンライン消費増加の主たる担い手は、コロナ前からオンライン消費に馴染み、オンラインとオフラインを併用していた消費者であった。こうした消費者が、オフライン消費を一切やめてオンラインのみに切り替えたことがオンライン消費の増加に大きく寄与した。第二に、オンライン消費未経験の消費者がコロナを機にオンライン消費を始める動きもみられたが、その度合いは限定的であった。第三に、年齢別にみると、若年層がオンライン消費を増やした一方、シニア層の寄与は小さかった。 (*前述のように)もともとオンライン経験のある消費者は、感染リスクの後退とともに、オンラインの利用水準を元に戻す可能性が高い。コロナショックに伴う消費者の行動変化は、オンライン消費の増加に関しては、非可逆的ではないことを示唆しているが、感染リスクが低下した状況下でのデータが今後蓄積される中で、非可逆性の有無やその原因についてさらなる検証が必要である。 ※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの
コメント
本書で指摘されているオルタナティブデータの課題は、バイアスやノイズをいかに補正するか、あるいはバイアスがあるのを理解したうえでの適切な活用をめざすことなどだ。集計・分析の方法やバイアスの回避・補正方法が確立されているTraditional Dataと違い、オルタナティブデータは新たな手法に“挑戦”していかなければならない。速報性や網羅性の向上をめざすのと同程度に、信頼性を担保する努力が求められるのだろう。
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