グローバルビジネス、SDGsなどの社会課題、テクノロジー、経済安全保障などに関する「ルールメイキング」が注目されている。複雑化する一方の現代社会において理想や目的への道筋をつけるには、適切な「ルール」の作成と運用が欠かせない。 では、これまで我々はどのようにルールを扱ってきたのだろうか。 本書では、中世から現代までの、欧米を中心とする、スポーツや産業、ビジネス、金融などにおけるルールにまつわる歴史を辿り、ルールの本質やルールメイキングのあるべき姿を明らかにしている。 中世社会では宗教や道徳が唯一のルールだったが、宗教改革や産業革命を経て新しいルールづくりやルールの変更、複数のルールの併存が可能になった。そしてインターネットはルールメイキングのあり方を大きく変えることになった。 著者は弁護士で、フレックスコンサルティング代表取締役。1999年に弁護士登録、外資系法律事務所等を経て、ルールメイキング/スキームメイキングに特化したフレックスコンサルティングを創設。民間企業の戦略立案支援のほか、国の政策立案支援等にも多数従事している。
ルールが複数存在し、自由に選択できるのが近代社会の特徴
中世までの世の中は、宗教や道徳に支配され、そもそも別のルールを作るということ自体が認められていませんでした。別のルールを作ろうとすることは、国家と宗教に対する反逆とみなされました。 実際、宗教改革は、カトリック教会のルールに対する反抗として生まれました。その結果生まれたプロテスタント教会は、カトリック教会との間でルールのフォーマットを巡り衝突することとなります。ルール統一のための長い戦いの結果、勝負は引き分けに終わり、2つのルール・フォーマットが共存していくこととなります。 ルールは、統一させることで、多くの参加者を生み出すことができます。その一方で、ルールが複数存在することで、ルール同士が切磋琢磨してより良いルールが生み出されるということもあります。ルールを統一せず、別々のルールを作ることができるというのは、近代社会の大きな特徴ともいえます。 複数のルールがある場合、人々はそのどちらかを選ばないといけない、ということもありません。サッカーが好きな人はラグビーをやってはいけない、というわけではないですよね。複数のルールの併存を認め、人々がその時々でより良いルールを選択することができるのが、今の世の中であるといえます。
インターネットの普及により信用ルールで安心感を期待感が上回るように
市場や取引所というものは、商業活動において古くから自然発生したルールといえます。国が設立した証券取引所は、高級品や債券を取り扱っていました。取り扱われる商品は、国の信用に裏付けされていました。国による信用補完という証券取引所のルールは、民間の市場と異なり、安心して取引ができたため、高額商品や目に見えない債券の取引をも可能にしました。 このようにして信用ルールが大きく普及したのは、金融の分野でした。国の法律だけでなく、多くの金融手法が作られていきました。 もちろん、信用ルールは金融だけのものではありません。信用は、人間関係の基本的で重要な要素です。友人、男女、会社組織など、多くの場面で、人々は信用や信頼を用いたコミュニケーションを行います。 信頼は、期待感と安心感によりできあがっています。人は他の人と信頼関係を持つことで、安心感を得られます。それだけでなく、信頼関係のある多くの人と協力し、互いの行動に期待することで、1人で何かをするよりも、大きなことを実現することもできます。信用ルールというのは、人々の安心感や期待感を客観化するためのルールといえます。 インターネットのバーチャル世界は、この期待と安心感のバランスを変えていきました。インターネットの増幅力により期待値が安心感を大きく上回るようになったのです。 期待値が安心感を究極に上回ったものがサトシ・ナカモト(*2008年にビットコインのコンセプトを示す論文を発表したとされる人物)の仮想通貨でした。安心感とは、通常は自分が投資したモノの最終的な価値により裏付けされるものです。 国が発行する通貨は、初期の頃は金という貴金属が価値の裏付けでしたが、最終的には国自体の信用力が安心感の裏付けになりました。これに対し、仮想通貨にはそういったものがまったくありません。それどころか、この技術を生み出したサトシ・ナカモトは、実在するかどうかすらわかりません。強いていえば、インターネットという巨大空間が安心感の拠り所になっているといえます。人々は、インターネットの広がりによる安心感を拠り所とし、同時にその増幅力による期待値に引き寄せられるようになったわけです。 この影響は、通貨の世界のみならず通常の証券市場も変えていきます。正規の証券取引所に会社が上場するためには、まともな会社であることが求められていました。まともな会社と認めてもらうためには、負債を大きく上回る資産があるだけでなく、継続して利益が上がっていることが当然の前提でした。 しかし、今では一度も黒字になったことがない会社でも、それが収益化のポイントを遅らせているだけであり、近い将来確実に利益が上がることがわかっていれば上場が可能となっています。多くのインターネット関連企業は、赤字が継続している状況で上場が行われています。これも、信用が現在の安心感より将来の期待値にスライドした動きといえます。
「楽しそうな未来像」の実現をルールメイキングの目的に
そもそもわたしたちはなぜルールを作ってきたのでしょうか。遊びやスポーツの場合は純粋に楽しいからといえるでしょう。では、遊び以外に作られるルールはどうなのでしょうか。 信用ルールではお金儲けが目的でした。また、自国の企業を育成するために各国がさまざまな育成ルールを作りました。(*17〜19世紀にアジア貿易で栄えた)東インド会社は、(*英国が国として事業の独占権を与えるルールを定めたために)人々の安心感と期待感を膨らませ、大量のお金を集めました。特許制度は、発明家の創造力を膨らませました。つまり、遊びやスポーツのルールとそれ以外のルールは、いずれも人の欲求を開花させるものという点では、同じものといえるのです。 このことは、ルールが生まれる瞬間についても、共通の要素があるということを意味します。それは、ルールの目的としての「楽しそうな未来像」があるということです。人は未来の可能性を感じることで欲求を開花させ、そのためのツールとしてルールを作るモチベーションが発生するわけです。多くの人たちでルールを作るときは、この未来像の共有がポイントとなってきます。 ルールメイキングの成功の要因の一つは、ルールに自由度を作ること。たとえば、サッカーもラグビーもそれぞれの選手はフィールド内を自由に走り回ることができます。仮に、これが安全上の理由などにより、各プレーヤーは決まった場所に立っていないといけないとします。これでは、各プレーヤーは、ボードゲームのコマのように自由度が低すぎて面白くなくなってしまうかもしれません。 自由度は、楽しそうな未来像を実現するための「遊び」と捉えてもいいかもしれません。ルールを作ろうとすると、どうしてもがっちりと決まった流れのフローを作りたくなります。これでは遊びがなく、参加者としては面白みがないため、使いこなせません。自由度は、「楽しそうな未来像」の実現のためにルールを活用するうえで大事な要素といえるのです。 参加者の関与の仕方によってもルールを面白くし、参加者を増やすことができます。参加者の関与の仕方は、大きく分けると、参加者の競争のためのルール(競技型)、協力しあって何かを生み出すためのルール(コラボレーション型、コラボ型)という2つがあります。 競技型ルールは、スポーツやゲームのルールはその典型といえますし、証券取引所のルールなどもこれに当たります。競技型ルールの参加者は、これを守らないと自分の目指すものが得られないことになりますので、黙っていてもルール順守のモチベーションはあります。 これに対し、コラボ型ルールは、参加者が協力し合い、新しいものを生み出すことを目指します。ベンチャー企業と大企業などが協力して新商品を生み出すオープンイノベーションは、コラボ型といえます。コラボ型ルールは、参加者の多さが成功の秘訣となることも多いため、参加のハードルを低くすることがポイントとなります。会社ルールでは、株主が出資以上の責任を負わなくてもよくすることや、株式を自由に譲渡できるようにすることで投資へのハードルが下がりました。 このように、競技型とコラボ型はルール作りで気をつけるポイントが違います。コラボ型で厳格な進行の取り決めを作ると、参加のハードルは一気に上がります。逆に、競技型で参加のハードルを下げようとして、曖昧なルールを作ったりすると、参加者同士の権利関係にトラブルが頻発し、うまく機能しなくなります。 ※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの
コメント
ルールの目的にすべき「楽しそうな未来」は、「人々が幸福に安心して暮らせる社会」「持続可能な社会」などとも言い換えられるのではないか。その点では、EUによる気候変動対策や個人情報保護に関するルールメイキングや、平和や民主化のための安全保障上の国際ルール制定も当てはまることになる。避けなければならないのは、規制などで「しばる」ことをルールの目的と捉えることだろう。本来、規制はルールを運用する一つの手段でしかないからだ。規制を理想や目的を達成するための手段の一つと考えれば、別の手段を模索する柔軟性が生まれる。その柔軟性こそが、著者のいう「遊び」であり、適切なルールメイキングや運用をする上で欠かせないものといえる。
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