serendip logo

書籍

発刊 2022.06

世界デジタル紀行 日常生活に溶け込むDX

  • 安留 義孝/築山 万里沙

  • |

  • 日本橋出版

  • |

  • 192p

  • |

  • 1,650円(税込)

国際

金融

情報通信

book image

目次


1.日常生活に欠かせないデジタルサービス 2.世界の国々とデジタルサービス 3.世界のデジタルサービスが教えてくれること 4.デジタル時代の小売サービス 5.デジタル時代の金融サービス 6.日本のデジタル社会構築に向けて


私たちの日常生活は隅々まで、デジタル化の恩恵に浴している。スマートフォン一つで移動や買い物、決済等が可能だ。それは今や先進国だけでなく、途上国を含む世界各国で見られる光景でもある。広く各地の動向を知ることで、日本がより快適なデジタル社会を構築していくためのヒントが見出せるのではないか。 本書では、世界数十カ国を旅した著者らが体験し実際に見聞きした、様々な国の「日常生活に溶け込むDX(Digital Transformation)」を取り上げている。ECや国際送金、モバイルウォレット、BNPL(Buy Now, Pay Later)といった生活に身近なサービスのデジタル化事例を、その地域の事情とともに解説。例えば金融サービスでは、配車サービスから始まったインドネシアのGojekが決済サービスも提供するなど、業種の垣根を超えた動きが起こっているという。著者の安留義孝氏は日本アイ・ビー・エム株式会社IBMコンサルティング事業本部金融サービス事業部アソシエイトパートナー。消費者視点のDXの情報を多数発信している。築山万里沙氏は富士通株式会社、デジタルソリューション事業本部にてフィンテックをはじめとしたサービス企画を実施。


デジタル時代に重要な金融サービス「国際送金」と「BNPL」

 国際送金は日本ではあまり身近ではないが、途上国では必要不可欠な金融サービスである。途上国の街中では、送金を意味するRemittanceの文字をよく見かける。  意外かもしれないが、日本は移民大国である。経済協力開発機構(OECD)によると、2018年に3カ月以上滞在する予定で日本に来た外国人は50万人を超え、ドイツ(約138万人)、アメリカ(約109万人)、スペイン(約56万人)に続く4位に位置付けられている。  出稼ぎ者は家族の生活費、そして子息の学費を送金するために、国際送金サービスを利用する。日本でも2010年に施行された資金決済法により、様々な国際送金サービスが登場したが、その成功要件は受取側の国での金銭の受取りの容易性である。受取り側の国は金融インフラが乏しく、移動も困難な途上国である。送られた金銭も、遠くの拠点まで時間とコストをかけて受取りに行く必要がある。つまり、如何に身近に受取拠点があるかが重要となる。  日本に在留する外国人労働者は170万人を超える。その数はさらに増えることが予想される。また、グローバル時代となり、日本人が海外で働く、学ぶことも特別なことではない。日本では出遅れ感のある国際送金だが、グローバル時代には必要不可欠の金融サービスであることを覚えていて欲しい。  また、BNPL(Buy Now, Pay Later)も、デジタル時代の主要な決済手段として成長すると期待されている。BNPLはその名の通り「後払い」だが、国毎に成り立ちは異なり、事業者毎にサービス内容も異なる。  2005年創業のBNPLのパイオニア的な存在のスウェーデンのKlarnaはECでの買い物の際に現物を確認してから支払いたいという顧客のニーズが成長を後押しした。返済方法は利息・手数料は無料で2週間毎に4回支払う「Pay in 4」、もしくは30日以内の一括払い、利息は必要となるが12カ月以上の分割払いを選択できる。  先進国で話題のBNPLだが、実は東南アジアの方が相性は良い。インドネシアのEC市場は2025年までに530億ドルに拡大すると予想され、東南アジア最大のテック企業であるシンガポールのSeaが運営するShopeeなどがしのぎを削っている。そして、インドネシアの15才以上のクレジットカード保有率は2%に過ぎない(2017、世界銀行)。つまり、ほぼ全ての国民が「後払い」手段を持っていない。  日本はクレジットカードが普及し、返済方法も無利息の翌月一括払いのマンスリークリアーが一般的である。また、コンビニ払い、郵便局払い、携帯電話料金合算払い、代引きなどが普及する「後払い」先進国である。BNPLが躍進する海外諸国とは環境が大きく異なるため、爆発的なブームが来ることはないが、ECでの決済、特に分割払いを快適にしてくれることは間違いない。

「誰ひとり取り残さない」という理念に沿ったデジタル化を進める

 (*スウェーデンのウメオ大学の)エリック・ストルターマン教授がDXについて「ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」ことと提唱したのは2004年のこと。日本を含む先進国は既にITは日常生活に溶け込み、特別なことと意識することはない。そのため、さらに「人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」ためには、既存の仕組みを一旦破壊(Destroy)、削除(Delete)する必要がある。  例えば、キャッシュレス決済だが、銀行店舗、ATMが必ず自宅や勤務先の最寄り駅前にはあり、コンビニでも24時間いつでも現金を出金できる。この仕組みはバブル期以前に構築された現金決済を基本とする完璧な仕組みで、誰も困ることはない。だがこの仕組みを変えなければ、キャッシュレス化の進展はありえない。まずは既存の仕組み、既得権を壊すことからはじめなければならない。つまり、D+DXなのである。  対して、東南アジアの途上国だが、平均年齢は若く、多くのITベンチャーも登場している。そして既得権や過去の産物が少ないために何でもできる。そのため、純粋にデジタル化を推進すれば、人々の生活はより良い方向に変化する。その結果、道路、電気などの基礎インフラが未整備な地域が最先端技術の導入により一気に発展するリープフロッグという現象が様々な国で起こっている。  また、デジタル化によりメリットを得る人は多いが、取り残されてしまう人がいるのも事実である。ECの成長、特にデリバリーサービスは日常生活を助け、私たちの生活を豊かにしている。しかし、注文手段であるスマホやPCを持たない人、注文方法がわからない人、そしてECでの決済手段を持たない人がいるのも事実である。  インドネシアのKudoはワルンと呼ばれる小規模の小売店と提携し、高齢者を中心にECでの注文、決済をサポートしている。高齢者は今まで通りにKudoで欲しい商品を伝え、現金で支払うだけでよい。  日本もECが成長し、その影響を受けて実店舗の閉鎖が続けば、買い物難民をさらに増やすことになる。その備えとして、日本でもKudoのようなサービスは必須である。デジタル化の進展は日本の成長の一躍を担うことは確かだが、利便性だけを追求するのではなく、「誰ひとり取り残さない」というSDGsの理念を忘れてはならない。  もう一点、気を付けて欲しいことがある。デジタル時代は小売、金融などの従来の業界・業種の垣根がなくなる。途上国では携帯電話会社やライドシェアなどの非金融機関が金融サービスを提供するが、今後日本でも、小売などの異業種も金融サービスを提供することになる。

消費者にとって身近な企業が金融業務を担うように

 近年、モバイルウォレットの世界では同じようなサービスが同時多発的に各国で発展している。ネパールのE-Sewa、Khalti、IME-Pay、モザンビークのM-PESA、ルワンダのMoMo、ブラジルのPix、ロシアのSberPay、シンガポールのPayNow、はどれも携帯電話で支払い、送金ができるサービスだ。  ネパール、モザンビークやルワンダでは、銀行に口座を持っているのは一部の富裕層であり、一般の市民にとって銀行は身近な存在ではなかった。しかし、彼らの間にも、決済、送金、融資といった日々の金融サービスを利用したいというニーズがあり、携帯電話の送金サービスは富裕層ではない市民向けの新しい金融サービスとして浸透していった。  一方、ロシアのSberPayやシンガポールのPayNow、ブラジルのPixは銀行口座に付随する支払い、送金ができるサービスとして携帯電話が活用され、国の進めるキャッシュレスによる成長戦略と連動して発展している。  東南アジアの途上国の15才以上の銀行口座等保有率は2018年時点でも50%を下回る。だが、携帯電話の所有率は100%を超える国が多く、ほぼ全ての成人が携帯電話を所有している。フィリピンのG Cash、カンボジアのWingは携帯電話会社の運営で、ベトナムのZaloPayは約1億人の顧客を持つSNSから誕生した金融サービスである。  また、日常生活に欠かせない移動手段も金融サービスに進出している。インドネシアの首都ジャカルタの主要な移動手段であるGrab、GojekがそれぞれOVO、Go Payとして金融サービスに進出している。  途上国のモバイルウォレットの普及の過程は日本の○○ペイとは異なる。まずは公共料金(電気、水道など)の支払いを受付け、顧客数が増えた段階で、実店舗へと進出している。途上国では、毎月、わざわざ電力会社などの事務所に支払いに出向く必要があった。対して、日本の○○ペイはポイント還元などの金銭的価値を提供し、顧客の獲得を最優先としている。途上国のモバイルウォレットと日本の○○ペイは同じようなサービスに見えるが、実はまったく別のサービスである。  途上国では、伝統的な銀行ではなく、日常生活に身近なサービスを提供する企業が消費者向けの金融サービスを担いつつある。銀行と異なり敷居も低く、明確に消費者の日常生活を向上させるサービスを提供していることが成長の要因である。デジタル時代は、日本でも消費者にとって身近な存在の企業が金融サービスを提供するようになるはずである。 ※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの

コメント

著者の安留氏が強調するのが、国・地域ごとに主要な決済サービスは異なる、という点である。その土地の歴史、文化・習慣、国民性や既存インフラの状況によって、根付くデジタルサービスは当然変わってくる。つまり、その地域固有の事情を深く理解しなくては、当該地域で流行しているサービスの利点や意義が本質的には理解できないということだろう。国際送金やBNPLといった世界的な潮流を押さえつつ、一方でローカルな価値観や特徴をよく捉えることが、本当に必要なデジタルサービス像を描くために必要な姿勢と言えそうだ。

>> トップページへ戻る

serendip logo
johokojo logo