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書籍

発刊 2022.06

デジタル列島進化論

  • 若林 秀樹/日経BP総合研究所

  • |

  • 日本経済新聞出版

  • |

  • 408p

  • |

  • 2,750円(税込)

政治

科学技術

情報通信

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目次


1.総括「列島改造論」から「列島進化論」へ 2.「列島進化論」が目指す姿 3.デジタルインフラ戦略 4.半導体再生シナリオ 5.復活へのキーテクノロジー 6.あるべきR&D戦略 7.日本企業の競争力分析 8.日本企業の成長戦略仮説 対談 列島改造のビジョンこそが重要だ


リモートワークの普及により、都市部から郊外、地方へ移動する傾向が出てきているものの、「都市集中」の解消と地方創生・活性化は、いまだ十分ではない。各種インフラの老朽化も深刻だ。 さらに低成長、人口減少、超高齢化など山積する問題への対処が求められる日本。打開の策はあるのだろうか。 本書では、現代日本が抱える諸課題を解決する切り札として「デジタル列島進化論」を展開。これは、1972年6月、田中角栄が内閣総理大臣就任直前に発表した「日本列島改造論」のデジタル版であり、田中元首相が行った交通網の整備、工場の再配置などのインフラ改革を、情報通信網の整備、データセンターの配置などで実行しようとするものだ。 官民の協力が求められる同論のグランドデザインを描きつつ、実現のための半導体再生シナリオ、R&D戦略などにも言及している。 著者の若林秀樹氏は、野村総合研究所、欧州系証券会社、JPモルガン、みずほ証券でアナリストを務めた後、2005年、日本株運用のヘッジファンドを共同設立。2015年、サークルクロスコーポレーションを設立。2017年より東京理科大学大学院教授。専門職大学院ビジネススクールにて社会人学生に技術経営(MOT)を教えている。


50年前に打ち出された理念を継承し、日本列島をDXする

 2022年は、元首相の田中角栄が発表した「日本列島改造論」の出版50周年という節目の年である。(*同書をもとにして田中首相が主導した)日本列島改造により、新幹線や高速道路などのインフラは整備され、工業団地は内陸部にも広がった。まさに、こうした政策があって、昭和60年(1985年)まで成長が続き、GDP1兆ドルが達成された。三大都市圏への流入は減り、県民の所得格差も是正された。  日本列島改造論が掲げた、安心、安全、生きがい、格差解消、地域疲弊の解消、平和主義は、50年後の今日も変わらぬビジョンである。その中で、今の時代、三つの課題がある。  第一に、日本列島改造論が課題とした「都市集中」は解決されず、地域の疲弊はさらに悪化した。第二は、50年前から建設された交通網やダムをはじめとするインフラが老朽化し、対応しようにも財政赤字が深刻である。さらに第三には、企業の競争力劣化や低成長と関連して雇用問題や少子高齢化問題が起きており、これらが、1972年よりも、大きな課題となっている。  本書の「デジタル列島進化論」は、これら第一~三の課題を、デジタル技術で一気に解決しようというものである。すなわち、日本列島改造論のデジタル版である。日本列島改造論の道路網や新幹線などの交通網ではなく、ITネットワーク網のインフラ整備によって日本列島をDX(デジタルトランスフォーメーション)するのだ。

データセンター、基地局、充電ステーションの三位一体によるインフラ整備

 情報通信網の整備については、政府が民間任せにするだけではなく、公共投資により社会インフラを整備し、経済を刺激する。情報通信網は、5G基地局やデータセンター、光通信網、さらに大型蓄電池を備えた再生可能エネルギー利用のスマートグリッド網も整備、自動運転などを支える情報通信とエネルギーのインフラ構築である。  交通網やクルマの稼働状況、天候、地勢、住民の生活パターンなどから、ある地域の電力需要のピークが計算され、併せて電力の供給や流通を考え、EVの充電ステーションを配置する。これに合わせて、電力消費が大きいといわれるデータセンターの建設も考えるべきだ。データセンター、基地局、充電ステーションの設置は、三位一体で考え、地域に根差した新しいインフラ整備に乗り出すことが必要である。  こうなると結果的に、人口25万人の都市単位に再構築されることになる可能性がある。これまでは、日本全体のマクロ視点による政策と、小さな村や街のミクロ視点の政策の両極端だったが、中規模都市に着目した全体最適を考えることが現実的ではないか。地域拠点データセンターを新たな都として、デジタルパークとして整備していくべきだろう。  データセンターは、「社会生活を支えるデジタルインフラ」として重要性が高まっているが、基本的には、民間事業者によるビジネスとして運営されるべき施設であり、設置主体はあくまで民間事業者であるべきと考える。政府として、地方のデータセンター拠点の整備を促すためには、通常の経営判断として採算が合わない部分については、財政的な支援を行うとともに、制度的な不備について不断の見直しを行うことが適当である。  データセンターがまだ未整備であれば、かつての電電公社による通信ネットワーク整備や、電力会社による電力ネットワーク整備の場合と同様に、いわば、デジタルデータ公社(DD公社)による整備もあるだろう。地方やハンディがある場合は、ローカルのDD公社も必要であり、発展してから民営化という方策もあろう。

ソーシャルデジタルツインで老朽化の監視と防災

 これらの情報通信網の利活用により、老朽化した橋やトンネルなどのインフラをITとデジタルで監視して必要に応じてリニューアルする。また、山や河川、街全体のソーシャルデジタルツイン(*人やモノ、経済、社会の相互作用をデジタルに再現した仮想空間)を作ることで防災体制を強化、増える自然災害に対する被害を最小限にできる。  崖崩れや水害対策には、ソーシャルデジタルツインが有効だ。ドローンや多種多様なセンサーで頻繁に地形やインフラ構造物を3D計測し、これをPC上に再現できるようにしておく。大雨や地震の際に、地形変化をリアルタイムでチェックし、こうしたデータを使ってシミュレーションすれば、土石流の影響などを予測できる。橋梁や道路がいきなり崩れることも未然に防げるだろう。  また、こうして課題先進国である日本が直面する課題を、日本列島のDXにより再生し、地方が活性化され、人口が増え、自立して成長を遂げることに成功すれば、そのノウハウやインフラを、海外にもソリューションとして輸出できる。

すべての電子機器の仕組みを変えるかもしれない「スピントロニクス」

 50年前の日本列島改造論の交通網整備に代わり、日本列島を情報通信網、電力網、DXとGX(*グリーントランスフォーメーション)で再生するカギは半導体である。  日本の半導体・エレクトロニクスの先人たちが長年、力を注ぎその水準を維持してきた技術の命脈はまだ尽きていない。大きな可能性を秘めた技術の種が、日本の技術者・研究者たちの手によってまかれ、守り育まれ、今に芽吹こうとしている。ここでは、「デジタル列島進化論」から期待される代表例の一つを紹介する。  「スピントロニクス」という一般には耳慣れない半導体技術が、今、東北の杜の都、仙台の地で大きな飛躍を遂げようとしている。スピントロニクスとは、ひと言で言うと、電気と磁気を両方使う半導体技術である。  スピントロニクス半導体の研究開発で世界をリードしてきたのが、東北大学だ。現総長の大野英男氏はこの技術のパイオニアとも言える存在であり、大野氏から技術のバトンを受け継ぎ、デバイス化・実用化の観点でスピントロニクス技術の社会実装に取り組んでいるのが、東北大教授で「東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター」(CIES)のセンター長を務める遠藤哲郎教授である。  CIESは、東北大のスピントロニクス技術研究の中核施設であり、この分野で世界最先端を行く研究開発拠点として広く内外に知られている。CIESでは、スピントロニクス半導体について、材料、製造装置、製造、設計など国内外の様々な半導体関連企業や、地方自治体や国、行政と連携して、産学共同研究や国家プロジェクトを進めている。  遠藤教授らがCIESで開発を進めているのは、スピントロニクスによるMRAMという「不揮発性メモリー」の実用化である。  過去40年近くにわたり半導体デバイスの主役であり続け、今も最も大量に生産されている半導体メモリーであるDRAMや、高速で一時記憶用のキャッシュメモリーなどに使われるSRAMは常に電力を供給しなくてはならない「揮発性メモリー」である。電源を切るとデータは消えてしまう。  これに対して、スピントロニクスによるMRAMは電源を切ってもデータは保持される「不揮発性メモリー」だ。しかも大容量化と高速アクセスが可能な技術でもある。高速・大容量メモリーとして製品供給ができれば、DRAMやSRAMよりも圧倒的に低消費電力のコンピューター・システムが組めるようになる。  もしメインメモリーが現在のDRAMからMRAMに置き換わったとしたら、半導体メモリーの市場構造のみならず、将来のコンピューター・アーキテクチャー(基本構造)や、半導体メモリーを使うすべての電子機器の仕組みが大きく変わる可能性がある。  遠藤教授は、スピントロニクスの実用化を目指すために東北大発のスタートアップ企業「パワースピン」社を東芝出身でCIESの特任教授を務める福田悦夫氏と共に2018年10月に創業し、当該技術の社会実装を進めている。遠藤教授は、CIESとパワースピン社を中心に、日本の中にスピントロニクス技術開発のエコシステムを作り維持・発展させていくことが日本の半導体産業、関連産業にとって何よりも重要だと見ている。 ※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの

コメント

本書では、デジタル列島進化論の基盤となる半導体技術の有望な新しい取り組みとして、ダイジェストで取り上げたスピントロニクスの他に、東京大学のシステムデザイン研究センター(d.lab)(参照:『2030 半導体の地政学』日本経済新聞出版)と産学連携の先端システム技術研究組合(RaaS)、NTTのIOWN構想(参照:『IOWN構想』NTT出版)という二つの事例を紹介している。いずれも世界の半導体関連事業を根本から変える可能性を秘めているものだが、それらの国外流出を防ぎ、日本経済復活のために活かす装置として、デジタル列島進化論の構想は重要なものなのだろう。それぞれの取り組みが国内でのエコシステムの構築を目指しており、デジタル列島進化論がそれらを統合することで、世界に「日本再浮上」を印象づけられるのではないだろうか。

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